大阪高等裁判所 昭和52年(う)160号 判決 1980年2月01日
主文
原判決中被告人高橋友三郎、同東野喜一、同乾多市、同下浦景雄、同井戸正昭、同野林実義及び同佐茂光義に関する部分を破棄する。
被告人高橋友三郎を罰金八万円に、同東野喜一を懲役六月に、同乾多市、同下浦景雄、同井戸正昭、同野林実義及び同佐茂光義をそれぞれ罰金五万円に各処する。
被告人東野喜一に対し、この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。
被告人高橋友三郎、同乾多市、同下浦景雄、同井戸正昭、同野林実義及び同佐茂光義において右罰金を完納することができないときは、金二、〇〇〇円を一日に換算した期間その被告人を労役場に留置する。
被告人東野喜一から金四一万円を、同高橋友三郎、同乾多市、同下浦景雄、同井戸正昭及び同佐茂光義からそれぞれ金一万円を各追徴する。
原審における訴訟費用中証人井本伊三郎及び同上西倉司に支給した分は被告人東野喜一の負担とする。
被告人高橋友三郎、同乾多市、同下浦景雄、同井戸正昭、同野林実義及び同佐茂光義に対し、公職選挙法二五二条一項の選挙権及び被選挙権を有しない期間をそれぞれ二年に短縮する。
本件公訴事実中、被告人東野喜一が室木広治から現金二〇万円の供与を受けたとの点及び同被告人が石伏義雄から現金三五万円の供与を受けたとの点につき同被告人は無罪。
被告人久保亀蔵の本件控訴を棄却する。
理由
本件各控訴の趣意は、弁護人大槻龍馬作成の控訴趣意書及び控訴趣意補充書、大阪地方検察庁検察官村上流光作成の控訴趣意書各記載のとおりであり、右各控訴趣意に対する答弁は、大阪高等検察庁検察官青木義和及び右弁護人作成の各答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。
弁護人の控訴趣意中、事実誤認及び法令解釈適用の誤りの主張について
論旨は、要するに、原判示第一の一、第一の二の1、2、第二の一、二、第三の一の1、第三の二、第四及び第五の各現金は、いずれも石伏義雄のための原判示選挙運動の準備費用及び選挙運動費用として、原判示第一の二の3及び第三の一の2、5の各現金は、右選挙運動の費用としてそれぞれ預託されたもので、原判示のような報酬を含むものではなく、原判示第三の一の3の現金は、石伏義雄が東能勢村農業協同組合からの借入金の返済のため被告人東野に預託したもので、原判示のような趣旨で同被告人に交付されたものではなく、原判示第三の一の4の現金は、室木広治及び右農業協同組合の石伏義雄に対する本件選挙に関する寄付金であつて、原判示のような趣旨のものではないから、以上に反する事実を認定した原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があり、原判示第三の一の6の現金は、石伏義雄のための適法な選挙運動その他本件選挙に要した適法な費用の清算金として被告人東野に預託されたものであるのに、原判決は、右現金は石伏のための違法な選挙運動その他本件選挙に要した違法な費用の支払いに当てるため授受されたものと認めているから、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があるのみならず、右現金が本件選挙に要した費用の清算金に限定して授受されている以上、その費用が違法なものであるとしても、右現金を受け取つた者はこれをその費用の支払いに当てなければならないから、何ら財産上の利益を得ることにはならず、従つて、右現金を供与しても公職選挙法二二一条一項三号にいう「選挙運動をしたことの報酬」を供与したことにはならないから、これに反する見解のもとに、被告人東野が原判示選挙運動をしたことに対する報酬として右現金が供与されたものと認めた原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の解釈適用の誤りがある、というのであり、右各論旨に対する当裁判所の判断は次のとおりである。
(一) 原判決挙示の石伏義雄、室木広治、長沢源蔵、舛見義一、向井一郎及び被告人らの各供述調書(謄本を含む。)の任意性について
所論は、右事実誤認の論旨(但し、原判示第三の一の6の事実に関するものを除く。)の論拠として、石伏義雄の検察官に対する昭和四二年六月二三日付供述調書(謄本)、室木広治の検察官に対する同月三日付、四日付、一一日付、一二日付、一五日付、一八日付各供述調書、被告人久保亀蔵の検察官に対する同月八日付、一五日付、同年七月六日付各供述調書、被告人東野喜一の検察官に対する同年五月三一日付、同年六月一日付、七日付、九日付、一〇日付、一一日付、二〇日付、二一日付各供述調書、長沢源蔵の検察官に対する同月一五日付供述調書、舛見義一の検察官に対する同月九日付供述調書、被告人高橋友三郎の検察官に対する同月一四日付供述調書、被告人乾多市、同井戸正昭、同野林実義、同佐茂光義の検察官に対する同月九日付各供述調書及び向井一郎の検察官に対する同月一二日付供述調書の任意性を争うので検討するのに、室木については、右各供述調書作成当時すでに胃がんが発病していたことが証拠上窺われるが、所論が右各供述調書の任意性を争う論拠として主張する同人に対する検察官の取調べ状況については、これを裏付ける証拠は全くなく、右各供述調書の内容のみからは右各供述調書の任意性を疑うことはできず、次に、舛見については、同人の弁解自体右供述調書の任意性を疑わせるほどのものではなく、他に右任意性に疑いを抱かせる証拠はなく、石伏、長沢、向井、被告人久保、同東野、同高橋、同乾、同井戸、同野林及び同佐茂は、いずれも右各供述調書の任意性についてそれぞれ所論にそう弁解をしているが、その弁解内容及び取調べに当たつた検察官の各証言など関係証拠を検討すると、右の者らに対し検察官から理詰めの追及によるきびしい取調べがなされたことは窺われるにしても、右各供述調書の任意性を疑わねばならないほどの違法不当な取調べがなされたとは認められず、所論にそう右弁解は、右各供述調書の任意性を争わんがために誇張されたものと認められ、右各供述調書の任意性に疑いを抱くには至らない。
(二) 石伏派の選挙運動の特色について
所論は、右事実誤認の論旨(前同)の論拠として、石伏義雄は資産がないいわゆる貧乏候補であつたから、同候補のため選挙運動をする者で報酬を求めようとする者は一人もいなかつた旨主張するが、関係証拠によれば、石伏義雄は、本件選挙までは東能勢村の挙村一致の推せんを受けて大阪府議会議員に四期連続当選を重ねていたもので、その間、買収資金を必要とすることはなかつたが、本件選挙の際には、箕面市を地盤とする有力な対立候補の杉田恵一がいわゆる物量作戦に出たため、村会議員ら村の有力者の間にも動揺が見られ、杉田派との対抗上、手弁当では選挙運動はやれないとの声も少なからず出る状況にあり、石伏本人も室木広治からそのような事情を聞知するとともに、村会議員らを一本にまとめるために買収する必要がある旨の進言を受けたので、選挙資金として合計一八〇万円を借り受けたうえ、出納責任者である上西文夫に法定選挙費用(一〇三万九、〇〇〇円)分として一〇〇万円を渡し、その全部を箕面地区で支出させることとしたほかに、出身地である豊能地区で支出させる分として、石伏派の選対組織の最高責任者として村会議員ら村の有力者全員を一本にまとめるため努力していた室木広治に報酬を含めて三〇万円を渡し、さらに、自宅に届けられる陣中見舞や当選祝を裏金責任者に一任して裏金として費消させることとしたことがそれぞれ認められ、右認定に反する各証拠は信用できない。
(三) 原判示第一の一、第一の二の1、2、第二の一、二、第三の一の1、第三の二、第四及び第五の各事実について
関係証拠によれば、前示の如く石伏から選挙運動の報酬を含めて三〇万円の供与を受けた室木は、その趣旨を察したうえ、村会議長で石伏派選挙対策の実質上の委員長(形式上の委員長は西村長)として村会議員らを一本にまとめるべき立場にあつた被告人久保に右三〇万円の中から一五万円を渡し(原判示第一の一)、同被告人もその趣旨を察したうえ、石伏の選挙運動の各地区責任者となつていた被告人高橋、同東野、同乾、同下浦、同井戸、同野林、同佐茂のほか長沢源蔵、舛見義一の九名に右一五万円の中から一万円宛を渡し(被告人東野、同野林及び同佐茂に対する分は被告人高橋に交付したうえ同被告人を介して―原判示第一の二の1、2、第二の一、二、第三の一の1、第四及び第五)、被告人東野は、その後地区責任者を向井一郎と交代したので、右一万円を同人に渡した(原判示第三の二及び第六)こと、室木は、被告人久保に右一五万円を渡す際、「各地区責任者も決まり皆に動いてもらうには費用もかかることやからこれを使つてくれ」と申し向け、被告人久保も、右金員のうちから九万円を各地区責任者らに渡す際、「各地区責任者として運動するには金が要るだろうから」との趣旨のことを申し向け、被告人高橋が受領した三万円を被告人東野、同野林及び同佐茂に渡す際及び被告人東野が受領した一万円を向井に渡す際にも同趣旨のことをそれぞれ申し向けたが、いずれも具体的な使途の指示や使途に関する証ひよう書類の保存及び後日の精算等の指示をせず、その処分を一任して渡したものであり、一万円宛を受け取つた各地区責任者の一部が後日被告人東野に預かり証を差し入れたり、残金を返したりしたのは、選挙違反に問われることをおそれた同被告人の要求によるものであること、一万円宛渡された地区責任者の中にも当初から石伏支持に積極的でなかつた者や中立的立場の者もいたこと、本件選挙の際石伏派の運動員に対してはタクシーのチケツトやガソリンの購入チケツトが渡され、弁当も選挙事務所や各地区連絡所に用意されていたし、各地区連絡所の費用も後日裏金責任者が支払うことになつていたので、運動員としてはこれらの費用につき自弁する必要は原則として存しなかつたこと、各地区責任者の前示一万円の使途は一様ではなく、選挙運動費用として支出した者がいる反面選挙運動費用に全く支出していない者もおり、選挙運動に関係のない個人的用途例えばコーヒー代、煙草代、散髪代等に費消した者もいることなどがそれぞれ認められ、これらの諸事実と前示(二)の事情に徴すると、原判示第一の一、第一の二の1、2、第二の一、二、第三の一の1、第三の二、第四及び第五の各現金は、これらを供与又は交付した室木、被告人久保、同高橋及び同東野が捜査段階で自白しているとおり、選挙運動の費用のほかに報酬を含めて供与されたものと認めるのが相当であり、右認定に反する各証拠は信用できないから、右各事実につき原判決には所論のような事実の誤認は存しない。論旨は理由がない。
(四) 原判示第一の二の3及び第三の一の2、5の各事実について
関係証拠によれば、原判示第一の二の3、第三の一の2の現金六万円は、被告人久保が、室木から供与を受けた前示一五万円のうちから九万円を各地区責任者に渡した残りの六万円を一旦石伏の妻石伏好子に預けた後、裏金責任者となつた被告人東野に石伏好子を介して渡したものであり、原判示第三の一の5の現金一五万円は、室木が石伏から供与を受けた前示三〇万円のうちから一五万円を被告人久保に供与した残りの一五万円を、井本伊三郎を介して裏金責任者の被告人東野に渡したものであり、被告人久保は、右六万円を被告人東野に渡す際、「君にやるものがあり、奥さんに預けてあるから取つてくれ」と申し向け、室木は、右一五万円を被告人東野に渡す際、「農協の井本に一五万円預けてあるからもらつてきて使つてくれ」との趣旨のことを申し向けたのみで、具体的な使途の指示、使途に関する証ひよう書類の保存及び後日の精算等の指示もせず、その処分を一任して右金員を渡したものであることなどがそれぞれ認められ、これらの諸事実と前示(二)の事情に徴すると、被告人東野が裏金責任者としていろいろ苦労すると思つて同被告人に右六万円を選挙運動の裏資金及び報酬として供与した旨の被告人久保の捜査段階における自白、及び被告人東野が裏金責任者として石伏のため熱心に選挙運動をしていたので右一五万円を選挙運動の裏資金及び報酬として同被告人に供与した旨の室木の捜査段階における自白は十分信用し得るものといわなければならず、これに反する各証拠は信用し難いから、右各事実についても原判決には所論のような事実の誤認は存しない。論旨は理由がない。
(五) 原判示第三の一の3の事実について
当審で取り調べた東能勢村農業協同組合組合長理事小谷織之輔作成の証明書によれば、原判示第三の一の3の現金二〇万円が授受された当時、石伏は右農業協同組合に対し合計二九二万円の借受債務(二〇万円二口を含む。)を有していたものと認められるが、右債務はいずれも本件選挙終了後である昭和四二年六月二二日から昭和四三年三月三〇日にかけて支払われており、殊に、二〇万円二口の分は他の債務の支払よりも後に支払われている点に徴すると、右現金二〇万円の授受当時あわてて右債務を支払わなければならない必要はなかつたはずであるのみならず、同人の明示の意思表示がない限りどの口の債務を弁済するのかは明らかとはいえないのに、この点につき同人が右現金授受時にもその後においても何ら意思表示をしていないのは不自然であり、また、同人がさほど選挙資金に余裕を持つていたとは認められないこと及び右現金授受当時は将来必要な選挙資金の予測もつかない選挙戦突入直後であつたことなどからも、右現金が所論のような趣旨の現金であつたとは考えられないこと、被告人東野は、石伏から右現金二〇万円を受け取る際、同人が「室木云云」といつた旨捜査段階及び公判段階を通じ一貫して供述しており、右供述を虚偽として排斥すべき理由を見出し難いことなどの諸事情に徴すると、石伏が検察官に対する昭和四二年六月二三日付供述調書(謄本)中において、「室木が杉田派に対抗して自分のため村会議員ら村の有志を一本にまとめるためこの上とも気張つて選挙運動をしてくれることを期待し、同人にもう少し金を追加して渡そうと思つたが、多忙のためその機会がなく、宣伝車に乗る際被告人東野に対し『これを室木さんに渡しといてくれ』といつて手持の現金二〇万円を渡した」旨供述している点は十分信用し得るものといわなければならず、右現金も、具体的な使途の指示、使途に関する証ひよう書類の保存及び後日の精算等の指示もせずその処分を室木に一任して渡されていることや前示(二)の事情を併せ考えると、右現金は室木が石伏のために投票取まとめ等の選挙運動をするための費用及び報酬である旨の同人の右供述調書(謄本)中の自白も信用し得るものといわなければならず、右認定に反する各証拠は信用し難い。なお、原判決は、右現金二〇万円は、室木その他の選挙運動者が同候補者のために投票取まとめ等の選挙運動をすることの報酬及び費用である旨右認定に反する事実を認定しており、右は事実を誤認したものであるが、その誤認は判決に影響を及ぼすものではない。論旨は理由がない。
(六) 原判示第三の一の4の事実について
原判決は、原判示第三の一の4の現金二〇万円は、被告人東野が石伏のため投票取まとめ等の選挙運動をすることの報酬及び費用である旨の事実を認定しており、室木も、右現金二〇万円は形式上は同人及び東能勢村農業協同組合(以下農協という。)の石伏に対する本件選挙の陣中見舞(各一〇万円)として被告人東野に渡したものであるが、実際には陣中見舞ではなく、原判示の趣旨で同被告人に供与したものである旨捜査段階で自白しているが、室木の検察官に対する昭和四二年六月一八日付供述調書によれば、農協の組合長であつた同人は、同年四月二日ころ、農協の小谷理事に命じてのし袋に「陣中見舞」と記載させ、農協名を刻んだゴム印を押させ、その中に一〇万円の現金を入れさせ、もう一通ののし袋にも「陣中見舞」の文字と室木個人名を記載させ、その中に自ら一〇万円の現金を入れ、これらを石伏方において被告人東野に対し「選挙の資金として自由に使つてくれ」と申し向けて渡したこと、その際、室木は、同人の個人名の分は表に出さなくてもよい旨(寄付金としての手続をしなくてもよい趣旨)申し向けたのみで、表に出すことを禁止しておらず、農協名の分についてはその点につき何ら指示していないことがそれぞれ認められ、室木の検察官に対する同年六月一一日付供述調書によれば、昭和三〇年と昭和三四年の大阪府議会議員選挙の際には、農協が各一〇万円、室木個人が各五万円の陣中見舞を石伏に贈り、昭和三八年の右選挙の際には農協及び室木個人が各一〇万円の陣中見舞を石伏に贈つたことが認められ、石伏の検察官に対する前示供述調書(謄本)によれば、同人は、本件選挙の際には、自宅に届けられる陣中見舞を選挙の裏資金として使用することとし、その処分を裏金責任者に一任していたものと認められ、被告人東野の検察官に対する昭和四二年六月七日付供述調書によれば、同被告人は、室木から陣中見舞名義で受け取つた前示二〇万円については出納責任者の上西に報告したうえ裏金資金として費消したことが認められ、また、右二〇万円については寄付金としての手続がとられた形跡はないが、同被告人の右供述調書によれば、他から陣中見舞として同被告人が受け取つた分のうち上西に報告もしないで裏金資金として費消したものも数件あることが認められ、室木の検察官に対する同月一八日付供述調書によれば、同人は、農協からの前示一〇万円の支出が仮出の形になつているのを知り同年五月末ころ自己の手持金で仮出を一時埋めたが、後日農協の役員会にはかり右一〇万円の支出を雑費としてでも処理しようと考えていたもので、右一〇万円を個人で負担して支出するつもりではなかつたことが認められ、原審第四回公判調書中の証人井本伊三郎の供述部分及び原審第三〇回公判調書中の証人小谷織之輔の供述部分によれば、室木が手持金で農協の右仮出を埋めた後、農協役員会は同年七月五日石伏に対し一〇万円の陣中見舞を支出したことの事後承認の決議をし、室木が立て替えた一〇万円を返済したことが認められ、これらの諸事情に徴すると、室木の前示自白は容易に信用し難く、前示二〇万円の現金は実質的にも農協及び室木からの石伏に対する本件選挙の陣中見舞として裏金責任者である被告人東野に渡されたものと認めるのが自然であり、これに反する原判決の右認定には合理的疑いが存するから、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があるものといわなければならない。論旨は理由がある。
(七) 原判示第三の一の6の事実について
石伏は、検察官に対する前示供述調書(謄本)中において、本件選挙後被告人東野から、選挙に要した費用中未払分を支払う裏金が三四、五万円足りないから支出してもらいたい旨要求されたので、同被告人に対する御苦労賃を含め原判示第三の一の6の現金三五万円を渡した旨供述しているが、この供述は、選挙に要した費用中未払分を三五万円で支払つた結果余剰が出ればその分を被告人東野の選挙運動に対する報酬として与えるつもりで同被告人に渡した趣旨と解さざるを得ないところ、同被告人の検察官に対する同年六月二一日付供述調書によれば、三五万円を未払費用に充当してもなお不足であつたことが認められるから、右三五万円の中には右のような趣旨の報酬は含まれていなかつたものといわなければならない。ところで、原判決は、被告人東野は右三五万円を違法な選挙運動の費用やその他選挙に関する違法な費用の支払いに当てているが、これらの費用はそれを支払つても石伏に対し求償できない性質のものであつて、同人がその支払資金を被告人東野に供与することは同被告人に不法な財産上の利益を与えることになるから、右三五万円は原判示の趣旨で供与されたものと認めるのが相当である旨説示しているが、公職選挙法二二一条一項三号にいう「報酬」とは、投票をし若しくはしないこと、選挙運動をし若しくは止めたこと等と対価関係をもつ利益の供与でなければならないものと解すべきであつて、選挙運動その他選挙に要した費用の事前支給又は事後弁償は、単に行為者の出費を補填するのみで、何ら実質的利益を与えるものではなく、対価性のある利益供与の行為類型に属するものではないから、その費用が違法であると適法であるとを問わず同法二二一条一項三号の買収罪には該当せず、選挙費用の支出に関する手続違反の問題として処理すべきものと解するのが相当であるところ、前示三五万円は前示の如くその全額が本件選挙に要した費用の支払いに当てられているのであるから、その費用が違法であると適法であるとを問わず、右三五万円の供与は同法二二一条一項三号の報酬には該当しないものといわなければならない。しかるに、原判決はこれに反する見解のもとに右三五万円が右法条の報酬に該当するものと認めたのであるから、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の解釈適用の誤りがあるものといわなければならず、原判示第三の一の6の事実については、弁護人の事実誤認の主張を判断するまでもなく原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。
検察官の控訴趣意(法令の解釈適用の誤りの主張)について
論旨は、要するに、被告人東野は、原判示第三の一の2、4ないし6の受供与金合計七六万円及び原判示第三の一の3の受交付金二〇万円をすべて費消しており、被告人高橋友三郎、同乾多市、同下浦景雄、同井戸正昭及び同佐茂光義も原判示第二の一、第四及び第五の各受供与金をすべて費消しており、これらの受供与金及び受交付金はいずれも没収できないものとして公職選挙法二二四条によりその価額を右各被告人から追徴すべきであるのに、原判決は右追徴の言渡しをしていないから、原判決は同条の解釈適用を誤つたもので、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。
そこで、検討するのに、原判決は、前示の如く、原判示第三の一の4の事実については事実を誤認し、原判示第三の一の6の事実については法令の解釈適用を誤つており、これらの事実については原判示各供与罪は成立しないから、右各事実に関する検察官の控訴趣意については判断する実益がないのでこれを行わないこととし、その余の検察官の控訴趣意について判断するのに、関係証拠によれば、原判示第三の一の2、5、原判示第二の一、第四及び第五の各受供与金及び原判示第三の一の3の受交付金は、いずれも原判示報酬と費用を不可分的に含むものであつて、本来その全部が没収の対象となるものであるところ、被告人東野は、原判示第三の一の2、5の各受供与金合計二一万円及び原判示第三の一の3の受交付金二〇万円を全部石伏の本件選挙に関する費用に費消し、被告人高橋、同下浦及び同井戸は、いずれも原判示第二の一及び第四の各受供与金を受領後自己の所持金と混同して特定不可能な状態にし、被告人乾及び同佐茂は、いずれも原判示第四及び第五の各受供与金を受領した後その全部を飲食費等に費消したものと認められ、右各受供与金及び受交付金はいずれも没収できないから、公職選挙法二二四条によりその価額を追徴しなければならないのに、原判決が追徴の言渡しをしなかつたのは、同条の解釈適用を誤つたものといわなければならず、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由がある。
弁護人の控訴趣意中量刑不当の主張について
論旨は、被告人らに対する原判決の量刑不当を主張し、被告人らを罰金刑に処せられたい、というのであるが、所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実調べの結果をも参しやくして検討するのに、被告人久保については、同被告人は石伏派の選挙対策の実質上の委員長として本件各犯行に及んだものであることのほか、犯行の罪質、回数、金額などに徴すると、所論の各点を検討してみても、同被告人を懲役八月、三年間執行猶予に処した原判決の量刑が不当に重いとは考えられないから、論旨は理由がなく、被告人野林については、同被告人は本件選挙の際石伏派の一運動員であつたにすぎず、本件犯行は受供与罪一件のみで、受供与金も一万円であつてさほど多くないことなどに徴すると、同被告人に対しては罰金刑をもつて処断するのが相当であり、懲役刑をもつて処断した原判決の量刑は酷に失するものと思料されるから、論旨は理由があり、その余の被告人らについては、前示の如く弁護人の控訴趣意及び検察官の控訴趣意が理由があり、原判決は破棄を免れないから、量刑不当の主張についての判断を省略することとする。
よつて、刑事訴訟法三九七条一項、三八二条、三八〇条により原判決中被告人東野に関する部分を、同法三九七条一項、三八〇条により原判決中被告人高橋、同乾、同下浦、同井戸及び同佐茂に関する部分を、同法三九七条一項、三八一条により原判決中被告人野林に関する部分をそれぞれ破棄し(被告人東野については、原判決は、同被告人に対する原判示各事実を併合罪として一個の刑を科しているから全部の破棄を免れない。)、同法四〇〇条但し書により当裁判所においてさらに次のとおり判決する。
被告人高橋の原判示所為中、第二の一の所為は、昭和五〇年法律第六三号附則四条に則り同法律による改正前の公職選挙法二二一条一項四号に、第二の二の各所為のうち各供与の点は同法二二一条一項一号に、事前運動の点は同法二三九条一号、一二九条にそれぞれ該当するところ、第二の二の各供与と事前運動はそれぞれ一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条によりいずれも一罪として重い供与罪の刑で処断することとし、所定刑中いずれも罰金刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四八条二項により所定罰金の合算額の範囲内で同被告人を罰金八万円に処し、被告人東野の原判示各所為中、第三の一の1、2、5の各所為は右改正前の公職選挙法二二一条一項四号に、第三の一の3の所為は同法二二一条一項五号に、第三の二の所為は同法二二一条一項一号にそれぞれ該当するので、所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により最も重い第三の一の5の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で同被告人を懲役六月に処し、同法二五条一項によりこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予し、被告人乾、同下浦及び同井戸の原判示第四の各所為及び被告人野林及び同佐茂の原判示第五の各所為は、右改正前の公職選挙法二二一条一項四号にそれぞれ該当するので、所定刑中いずれも罰金刑を選択し、所定罰金額の範囲内で同被告人らをそれぞれ罰金五万円に処し、被告人高橋、同乾、同下浦、同井戸、同野林及び同佐茂において右罰金を完納することができないときは、刑法一八条により金二、〇〇〇円を一日に換算した期間当該被告人を労役場に留置し、公職選挙法二二四条により被告人東野から金四一万円を、被告人高橋、同乾、同下浦、同井戸及び同佐茂からそれぞれ金一万円を追徴し、刑事訴訟法一八一条一項本文により原審における訴訟費用中証人井本伊三郎及び同上西倉司に支給した分は被告人東野の負担とし、被告人高橋、同乾、同下浦、同井戸、同野林及び同佐茂に対し公職選挙法二五二条四項により同条一項の選挙権及び被選挙権を有しない期間をそれぞれ二年に短縮し、本件公訴事実中、被告人東野が室木広治から現金二〇万円の供与を受けたとの点については、前示の如く犯罪の証明がなく、同被告人が石伏義雄から現金三五万円の供与を受けたとの点は、前示の如く罪とならないから、刑事訴訟法四〇四条、三三六条によりいずれも無罪の言渡しをすることとし、被告人久保の本件控訴は理由がないから同法三九六条によりこれを棄却することとする。
以上の理由により主文のとおり判決する。